ディアドラの歴史

1948

イタリア人創業者、マルチェロ・ダニエリによって設立されたDIADORA。登山靴やワーキングブーツの製造からスタートし、1950年代になるとその高い技術力と品質がイタリア国内で高い評価を獲得。

1960’s

1960年代に入るとDIADORAの高い技術はさらに発展し、イタリアのシューズ産業界において抜きんでた存在へと成長。60年代半ばにはスキーブーツの開発・生産にも着手し、高品質なプロダクトを市場に供給。

1960年代後半にはスポーツ界への進出を意図した新しいブランドロゴである”ファイブボール”を発表。この新しいロゴの”ファイブボール”とは世界の5大陸を意味する。

1970’s

1970年代はDIADORAにとって大きな展開期となる。スポーツが盛んになってきた当時、DIADORAがイタリアのブランドとして初めてスポーツマーケティングの新しい考え方を取り入れる。

アスリートと契約しサポートする活動は話題となり、ブランドの価値を世界中に広めるきっかけとなる。

そして1979年にはDIADORAにとって第一号のサッカースパイクとなる”Scudetto”を発表。

1980’s

1980年代に入るとDIADORAは更に多くのトップアスリート達を契約を結ぶ。サッカー、テニスはもちろん、陸上競技においても知名度を高め、多くの世界大会でのメダル獲得に貢献する。

1980年代後半にはレーシングの分野にも参入し、世界的に有名なドライバーの足元を支える。

1990’s

1990年、1994年にはサッカーの世界大会の時にイタリア代表をサポートし、世界的なトップブランドとして数々のベストセラーを発表。

カンガルーレザーを使用することにこだわり、この当時のトップモデルはすべてイタリアで生産され、この”Made In Italy”のシューズが数々の名プレーヤーに大きな影響を与える。

DIADORAを象徴するシューズのカラーリングである「ブラック×イエロー」が定着したのもこの時期のこと。

2000’s

2000年代はスポーツシューズのマーケット全体が大きく成長し、その中でDIADORAも新アッパー素材や新アウトソールシステムなど、新しいテクノロジーを次々と発表する。

「シューズはプレーヤーの足元を守るギア」という哲学はブレることなく2000年代でもスポーツマーケットにおいてリーディングカンパニーであり続ける。”Made In Italy”のシューズが数々の名プレーヤーに大きな影響を与える。

2010-2016

DIADORAは2010年以降新たな取り組みとしてスポーツとライフスタイルのミックスを掲げる。イタリアンブランドとしてのアイデンティティを高め、”Authenticity””Craftmanship”をコンセプトにハイクオリティの商品を提供。

2015年には本社に併設されている工場も再稼働し、イタリアの哲学のすべてを注ぎ込んだプロダクトの生産が再スタート。

そして2016年、満を持してMade In Italyのサッカースパイク”Brasil”が32年の時を経て当時のアイデンティティと現代の技術を駆使して復刻。